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「隠岐島前高校教育魅力化プロジェクトはどのように緊急的なオンライン対応を実現できたのか?」〜オンラインイベントレポート〜

新型コロナウイルスの感染拡大により、全国の多くの地域で学校が休校になりました。
前代未聞かつ先行きが見えない状況のなか現場は対応に追われ、先生方は生徒のために試行錯誤を重ねてこられたことと思います。
そうしたなか、隠岐島前高校では地域とスクラムを組んでコロナに立ち向かい、緊急のオンライン対応を実現しました。
その取り組みを全国の同志と共有するべく、5月3日にオンラインで共学共創の場を設けました。その様子をライターの笹原風花さんにレポートしていただきました。

 

変化の激しい時代を生きるのは、私たち

 

取り組みについて発表したのは、隠岐島前高校の学校経営補佐官であり、教育魅力化プロジェクトのプロジェクトリーダーでもある大野佳祐さん。
冒頭では、「大変な時期を乗り越えてきた皆さん、本当にお疲れ様です。子どもたちはもちろん、先生方や関係者の皆さんのストレスも相当なものだと思います。僕の話やこの場が、悩んでいらっしゃる方、孤立している方にとって、何かしらのヒントや励みになれば幸いです。また、僕自身も皆さんから学ばせていただきたいと思っています」と挨拶をしました。

自己紹介に続き、大野さんが紹介したのが、「今年から少し変えることにした」という島前高校のオープンスクールで参加者(中学生)に伝えている次の文言です。

皆さんがこれから予想される変化の激しい時代を生き抜くためには、主体的に課題を見つけ、多様な人々と協働しながら答えのない課題に粘り強く向かっていける力を着実に身につけていくことが必要です”

「主語を“皆さん”から“私たち”に変えようと思います。次世代ではなく自分たち自身が変化の激しい時代を生きていることを、今回のことで身に染みて感じています。3月になるまでは、感染拡大がここまで進むとは予想していませんでした。正直、楽観的に捉えていました。感染拡大は東京中心で、ゴールデンウィーク頃には収束しているだろうな、と。しかし、たった数ヶ月で世界は大きく変わってしまいました」

 

生徒が学校にそろわない状況に備える

続いて、現在までの島の状況や学校の対応の概要が紹介されました。

「海士町は人口約2,300人、高齢化率40%の離島で、人工呼吸器は一つもありません。地域唯一の高校である島根県立隠岐島前高校は、寮に暮らす島外生が約6割(58.4%)、自宅から通う島内生が約4割(41.6%)で、島外生は長期休暇期間は実家に帰省しています。町としては、春休みに帰省している島外生の帰島が、感染拡大(ウイルス流入)の最大のリスクであるということになりました。

とはいえ、学校としては生徒が帰ってこないことには授業を始められません。当初は、島外の施設で健康観察をして安全が確認されてから帰島するという話もありましたが、島内の施設で健康観察(隔離)した後に日常生活に戻れるよう準備することになりました。

健康観察期間は、島の宿泊施設の協力を得て、部屋を提供してもらえることになりました。県教委からは、寮で受け入れられないのかと問い合わせがありましたが、万一、寮で感染者が出れば、90人くらいの寮生が濃厚接触者になり、島根県の医療崩壊を招いてしまう、と申し上げました。なお、宿泊施設だけではまかない切れずに、一部の生徒は寮の4人部屋を個室にするなど工夫しました。

島外に帰省中だった生徒のうち26人(全生徒の16%)が、島には戻らず自宅に残ることを選択しました。その結果、約4割が学校の教室(島内生)、約4割がホテルもしくは寮の個室(帰島して健康観察期間中の島外生)、約2割が自宅待機(帰島しなかった島外生)…という状況で新年度を迎えることになりました。そこで、新年度の授業開始までの3週間で、全生徒のWi-Fiや端末の環境を調査し、環境が整っていない生徒に対してはSIMカード入りのiPadを配布してオンライン環境を整える…ということを行いました」

 

自宅待機の生徒に向け、オンライン授業を配信

さらに、改めて時系列でこれまでの流れが示されました。

「2月末に全国の学校に休校要請が出されましたが、島根県の県立高校は休校せず、2月は通常通りに授業を行いました。卒業式も、卒業生と保護者と教職員のみの参加という縮小版でしたが実施しました。

3月中旬になり、首都圏で感染拡大が進み、休校対応が大変だという話が聞こえてきたので、3月15日〜20日にかけてClassiを使って生徒の端末・Wi-Fi環境の調査をしました。尋ねたのは、8:30〜17:00の時間帯に使えるカメラ付き端末があるか、Wi-Fi環境はあるか…ということでした。興味深かったのが、自宅にWi-Fi環境はないけど、スマホのギガを増やして対応している…という生徒が4割ほどいたことです。また、わからない、という回答も2割くらいあり、意外と自宅のインターネット・端末環境を把握していないのだということも発見でした。

ここから、怒涛の動きが始まりました。環境が整っていない島外(自宅待機)の生徒に対しては、Wi-FiルーターやSIMカード入りのiPadを送付して、オンラインで授業が行える環境づくりを進めていきました。

4月7日、最終的には全県一斉に休校なしで新年度がスタートしました。始業日は地域ごとに判断をさせてほしいと再三訴えましたが、それは叶いませんでした。この時期はまだ帰島した島外生の健康観察期間だったので、始業式後1週間は自学自習としました。5日間の経過観察で感染リスクは70%程度下がるということで一旦は5日間でホテルから寮に戻したのですが、当然ながら地域住民から不安の声があがり、健康観察期間は2週間となりました。もし、帰省中の島外生が一斉に帰島していたら宿泊施設が満室になってしまっていたはずなので、自宅待機という苦渋の判断をした26人には感謝しています。みんな、ファインプレーでした。

一方、新入生については来島を待ってもらい、4月9日にオンライン入学式を実施しました。その後、11日を目指して来島してもらい、来島後は同じように宿泊施設で2週間の健康観察期間を送りながら自学自習してもらいました。新入生は全員が来島してくれたおかげで、一斉対応ができたので、まさに英断だったと思います。

自学自習期間中の4月10日前後には、教職員向けのZoom研修を行い、生徒とも試験的にZoomでつなぎ、使い方の練習をしました。そして、13日からオンライン授業配信をスタートさせました。試行錯誤の連続でしたが、そのなかで知見がたまりつつあり勝負ができそうだというときに、島根県内でクラスターが発生し、20日から県立高校は一斉休校となってしまいました。押し切って授業を続けようかという話もあったのですが、それまで登校していた島内生を自宅待機にせざるを得ず、ここは落ち着いて守備固めをしようということで、オンライン配信は一時休止。今度は島内生への端末配布の準備に取りかかりました。

こうした対応の経費は、金額を申し上げるのが憚られるほどにはかかりました。大きなものとしては宿泊施設の費用がありますが、Wi-Fiや端末の環境整備は30万円ほどでした。これらの費用の多くは、島前3町村からなる地域の財団に負担していただきました」

 

改めて見えた島前の強み

続いて話題は、この対応を支えた「強み」へと移りました。

「今回の一連の対応を通して、改めて自分たちの強みが見えてきました。まずは、学校と地域のコンソーシアムに10年の歴史があること。地域と学校とが一丸となって戦うことができました。また、校長、教頭、学校経営補佐官という学校経営チームが、役割分担をしつつ密に情報共有した結果、とても良い仕事ができたと思っています。

ICT環境としては、従来からSIM対応のiPadが90台導入済みだったこと、若干弱いものの校内にWi-Fi環境が整備されていたこと、ポートフォリオ入力のために生徒のBYOD(Bring Your Own Deviceの略)もトライ済みだったことが挙げられます。さらに、宿泊施設との調整など遊軍的に動いてくれたコーディネーターや学習センタースタッフの存在も大きかったです。特に、学習センターのICTディレクターは大活躍してくれました。SIMさえ整えればWi-Fiがなくても既存のiPadが使えることを指摘してくれたのも彼ですし、SIMカードが整うまではWi-Fiルーターをレンタルして自宅にWi-Fi環境のない生徒に配布したり、各種料金プランを検討したり、教員チームが授業をオンライン配信する際に撮影部隊のローテーション配備をしたりと、彼の貢献は本当に大きかったです。

また、僕はこれを“シン・ゴジラ現象”と勝手に呼んでいるのですが、使えるものは何でも持ってこーい!…という感じで、先生たちがやってみよう感にあふれてノリノリになれたのは、とても素晴らしかったと思います。異動してきたばかりの先生は、最初は勢いに圧倒されたかと思いますが、良い意味で巻き込まれて一緒になってテンションを上げていってくれました。授業をオンライン配信するとなったときにも、反対する人は一人もいなくて、これぞ島前高校の底力と思い知らされました。

管理職の、よくわからないけどできるの?…と言いながらも進めさせてくれた懐の深さもありがたかったです。校長も教頭もZoomを使ったことがなく、どういうものだかわからないなか、僕たちを信じて意志決定してくれたことには感謝しかありません。県教委とも交渉してくださり、授業が再開しても学校に来られない生徒がいるという状況を踏まえて、Zoomで顔が確認できたら出席扱いとする、というところまで漕ぎ着けました。

そして、何よりも先生たち。今年から、教育活動における行動指針を、生徒・教職員共通にしました。また、“気づく・考える・話し合う・実践する/巻き込む・振り返る”という生徒に求める島前スタイルを、先生たちにも、もちろん僕自身にも、求めました。その結果、誰一人と自席に座っていないこの写真のように、職員室の至るところで雑談が生まれるようになりました。Zoomの使い方の相談や、置いていかれる生徒が出てしまうんじゃないかという議論が、ここそこで交わされていました。僕はそれを見て本当にうれしく思いましたし、心動かされました。大変な状況なんだけど、それを先生たちが楽しそうに乗り越えようとしている姿は、すごく島前っぽいなと。みんなで一緒になって取り組んだことで、本当にいろんなことに気づかされました」

「とはいえ、うまくいかないこともたくさんあった」と大野さん。苦笑しながら、こう続けました。

「オンラインでの授業配信ははじめてのことだったので、生徒にはフィードバックちょうだいねとお願いしていたのですが、めちゃくちゃダメ出しされました(笑)。撮影している人が揺れていて酔った、黒板が見えない、先生の声が聞こえない…と、ネガティブコメントばかりで。その都度、職員室ではクソ〜とか言いながら改善しようと試行錯誤していました。

面白かったのが、アイツ授業中寝てることが多いよな、という生徒が、先生が言ったことを積極的にチャットで書き込んだり、教科書が手元にない生徒(自宅待機中の島外生)がいたら教科書の該当ページを撮ってLINEで送ったりと、ファシリテーター的に動いてくれたこと。生徒の意外な一面が見えたこと、生徒とリアルとは異なるつながりをもてたことも、オンラインに挑戦した副産物だったと感じています」

 

大事なのは、大人自身が思考や行動を変えること

最後に大野さんは、冒頭で紹介した文言を、再び主語を変えて、「忘れてはいけないこと」として提示しました。

子どもたちがこれから予想される変化の激しい時代を生き抜くためには、主体的に課題を見つけ、多様な人々と協働しながら答えのない課題に粘り強く向かっていける力を着実に身につけていくことが必要です”

大人たちがこれから予想される変化の激しい時代を生き抜くためには、主体的に課題を見つけ、多様な人々と協働しながら答えのない課題に粘り強く向かっていける力を着実に身につけていくことが必要です”

「いろんな障壁があるけれど、僕たち大人自身がこうした姿を子どもたちに見せていかないといけないなと感じています。最初から自転車に乗れた人なんていません。転んでも転んでもめげずに乗り続けたから、自転車に乗れるようになるんです。誰しもこの素質を持っているはずなのだけど、大人になり社会的にいろんなものを背負うことで、諦めてしまうようになる。でも、生徒たちにこうなってほしいと願うのであれば、僕ら自身が思考や行動を変化させていかないといけない。今回のことを通して、そう気付かされました。

ここに参加された皆さんには、明日から何をするか、という問いを持ち帰ってほしいと思います。僕たちも、ゴールデンウィーク明けに向け、想定される状況に合わせたシナリオをいくつか準備しています。休校になっても授業ができるところまで来ているので、授業時数としてカウントされるかどうかではなく、生徒のためにできることは何かを考えてやっていこうと思っています」

この後、参加者による質疑応答が行われ、本編終了後も多くの参加者が残り、大野さんと意見を交わし合っていました。なお、この後、ゴールデンウィーク明けも休校が続くことが県教委より発表され、島前高校ではオンラインで授業を展開することとなりました。詳細は高校のホームページなどで発信していきますので、そちらもご覧ください。

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